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散る時を知る




1.関弓玄英宮にて


 金波宮をよく訪れる雁国主従の自分達にできる事があれば手伝おうという言葉に、景王陽子は海客の受け入れ体制を視察させて欲しいと頼んだ。彼等は快く引き受け、都合のよい日を報せてくれれば、案内を用意するように取り計らっておこうと、帰って行った。
 そして、海客と半獣の差別を撤廃させたばかりの陽子は早急に体制を整えたいと、冢宰に任じたばかりの浩瀚に視察と人選を頼んだのだった。
「面倒なことを何もかも押しつけてすまない」
相も変わらず臣下に簡単に頭を下げる主に浩瀚は息を一つ吐き、それでも卑屈さのない清々しい潔さに笑みを浮かべた。
「これだけ問題が山積みしていては何から片づけても同じことです。それに雁国の官吏と誼を持っておけば、荒民の問題にも対応しやすくなるので、いい機会でしょう」
そう答えて、浩瀚は早速、地官府や春官府、秋官府、夏官府の下士〜上士の中から希望者を募り、海客に関する自分の補佐役として冢宰府からも同行者を選出した。これは海客や半獣に対する差別意識がなく、しがらみの少ない者を選ぶためだった。こうして視察団の人員が決まると、雁国へ青鳥を送り、雁国訪問の日程を決めて、自分が不在の間に必要な役目は六官長に、裁可は王に−−−太師が補佐をすることを前提としていたので、陽子は通常の裁可のついでではあった−−−託して雁国へ出立した。

 浩瀚等一行が玄英宮を訪れた時に雁国主従は不在だったが、冢宰の白沢が出迎えた。彼は見かけの年齢は五十前後で五百年王国の重鎮に相応しい威厳を持った人物だった。互いに挨拶を交わし、荒民の問題について確認しあい、海客受け入れの概要を聞き、どちらも両国間の協力が必要であると、これからの協力を約束し合った。そして、白沢は懐から書状を取り出して「台輔からお預かりしました」と浩瀚に渡し、浩瀚は書状を押し頂きながら礼を述べた。

 その日の夜には慶国官吏等を持て成す宴が催され、それぞれの担当に見合った雁国側の官吏達を紹介されて、歓談していた。浩瀚の相手は三公や冢宰、それに六官の長という蒼々たる顔ぶれだった。彼らの関心は恐らく隣国の冢宰の品定めにあると思えたが、浩瀚はここで必要以上に自分を大きく見せようなどとは思ってもいなかった。
「さすが、五百年の治世を支え続けるだけあって、豊かな食材が揃っていますね。それに上質の酒を振る舞っていただき、恐縮です」
「なんのこれしき、畏まらずに楽しんでいただきたい。こちらの方こそ、我が主上と台輔がよくお世話になっているのですから、これくらいは当然のことでしょう」
雁国冢宰の白沢の言葉に皆が頷いた。
「延王におかれましては、同じ胎果の王として我が主上の苦労がお解りなのでしょう。わたし共にとって蓬莱は想像の埒外にあります。500年前は皆様も大変だったのではありませんか?」
「さて、当時のわたしは元州州宰でしたが、新王が胎果とは知りませんでしたな。主上が登極した当時の状況を知る者は大司寇のみです」
皆の視線を集めて、見た目は誰よりも若い整った顔立ちの大司寇はくつりと笑った。
「あの方には初めから常世や玉座に対する戸惑いはありませんでした。ですから、わたしはこちらと蓬莱が大きく異なる世界だとは思ってもいなかったのです。そして、当時州宰だった冢宰が主上が胎果であることを知らなかったのは、当時の三公と冢宰が主上が胎果であることを知られれば朝廷が混乱することを恐れたためにひた隠しにしていたからです。もっとも、他の思惑があってのことでしたが」
浩瀚は大司寇朱衡の言葉に頷いた。
「自分たちだけが知っていれば、こちらのことを何も知らない王を操れると考えたのですね。彼らがここにいないというのは、そういったことでしょう」
「ええ、ですが主上は人手不足の当時の国のために彼等をそのままにしておいたのです。国が落ち着き、官が入れ替わった時に改めて主上が胎果であることを宣下されたのですが、その時にはもう主上の風変わりな言動に皆が納得しただけでした。台輔は蓬莱によくお渡りになられますが、主上が蓬莱を語られることはありません。主上が蓬莱を忍ばれることがあるとすれば桜の花が咲く今の時期だけです」
「それは桜の花がお好きだと言うことですか?」
「毎年、桜が咲いたと聞けば散るまでお戻りにはなられませんね。それは単に好きというだけではないのでしょう。蓬莱で花と言えば桜なのだそうですよ。海客も皆桜が好きです」
「では、府邸や皆が集まる場所に桜を植えれば海客もこちらに馴染みやすくなるかもしれませんね」
浩瀚の言葉に雁国の最高頭脳達は目を見開いた。
「それは景王君もお喜びになられましょう。さすが、主上に気に入られているだけはある」
言われて浩瀚は首を傾げた。
「延帝がわたしをですか?」
「和州で乱を起こしたことがあるそうですな?」
浩瀚は僅かに片眉を上げた。金波宮ではそれで官吏の資格がないと囁く者も多く、事情を知らない他国の者ならば尚更であろうとは思っていたことだった。
「そう警戒をなさらずとも、大体の事情は主上から聞いています。それに、ここにいる者の殆どは似たような経歴を持った者ばかりですから、貴方が主上に気に入られていることもわかるのです」
白沢の言葉にくつくつと笑うこの雁国の誇る頭脳集団に浩瀚は五百年の治世の一端を垣間見た。






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(06.04.11) 十二国桜祭り参加作品 Written by 翠玉様


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