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花の眺め 花の行方 1




さくら さくら やよいの空は 見わたすかぎり かすみか雲か
匂いぞ出ずる いざや いざや 見にゆかん

慶東国に今年も春がやって来た。

春という季節は誰でも心待ちにしているものなのだが、慶国の人々には特別の感慨がある。
景王・赤子の贈り物として世に知られている桜の木々が、一斉に花を開かせ春を寿ぐのだ。
特に知られているのが国中の堤に植えられた桜並木の美しさで十二国随一との評判が高い。
「どこまでも果てなく続く雲と見紛う満開の桜花、一斉に水面に散り行く花吹雪の眺めは筆舌に尽くしがたい絶景である」と朱旌の一座が語る様に他国の人々は憧れを掻き立てる。
このように見事な景観が生まれた経緯を知るには、しばらく時を戻して語らねばならない。


朝議の議題は相変わらず治水に関する懸案だった。陽子が玉座に就いてからは慶の国土に天災が減りはしたものの、例年降り続く秋の長雨が北部の山地から鉄砲水となって下流に溢れては何度も堤防を壊して甚大な被害を出す。毎年の堤防の修繕と整備は必須なのだが民には重い苦役が負担となって圧し掛かり、その進捗は遅々として進む気配すら見えない。
河川の上流と下流の州では州候同士が互いに責任を擦り合い、喧々轟々の論争に紛糾した。

「御前であるぞ!各々方、口を慎まれよ!」
滅多に感情を面に出さない冢宰の浩翰が語気を強めて議場を宥める。重苦しい雰囲気の中、朝議に臨んでいた陽子は疲れた表情を隠し切れず、横に立つ己の半身に小声で窘められる。
「主上、そのような不快な面持ちをされては皆に示しがつきませぬ。どうぞお改め下さい」
(お前が言うのか景麒?それはこちらの科白だ。お前こそ、その仏頂面と小言を改めろ!)
喉まで出掛かる文句を何とか堪え、陽子は立ち上がって玉座の下に居る臣下に言い放った。
「皆それぞれに見解が分かれているようだが火急の懸案である。苦しむ民の為にも意見の相違を乗り越え協力しあえるよう再度考慮をし直してほしい。本日の朝議は、ここまで!」
傍らの景麒の口を封じるかのように横目で強く睨みつけ、陽子は玉座の間を引き揚げた。

眉間に皺を寄せたまま、黙々と足早に回廊を歩いていく陽子の厳しい表情がふと緩んだ。
一陣の春風が吹き寄せたのか、行く先々に無数の白い小さな花弁が敷き詰められている。
脇の庭院を見やると木々の緑の奥に白い霞のような雲がたなびいている。花弁はどうやら、そこから散ってきているようだ。追いかけてきた天官が立ち止まる陽子に慌てて謝罪する。







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(05.04.05) 十二国桜祭り参加作品 Written by しましま様


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背景画像:EARTH GARDEN様 






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