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花の眺め 花の行方 2




「主上、清掃が行き届かず申し訳ありません。別の回廊をご案内します。どうぞお戻りを」
天官が先に回って別の道を案内しようとすると、陽子は手を伸ばして制止し話しかけた。
「ねえ、しばらく一人であの辺りを散歩して行きたいけど良いかな?使令は憑けているし」
一介の官吏が王の発言に対して逆らえるはずもなく唯、「是」と、返して静かに立ち去った。
芽吹き始めた草の上を踏みしめて庭の奥に歩を進めていくと、少し斜になった丘の途中に一本の桜が満開の花を咲かせていた。辺りの土は白く柔らかな花弁で埋め尽くされている。

上等の絹の褥よりも格段に良さそうな寝心地に、思わず寝転びたくなるのを我慢して抑え木の根元に腰を下ろしてみる。かなりの古木なのか、背もたれには充分すぎる程の太さで見上げると淡い桜色の雲が顔を覆い、ほのかに漂う心地良い花の香りが荒んでいた心身を包んで癒してくれる。あぁ、こんな風にゆっくりと常世で花見が出来るとは思わなかった。

「あちらに居た頃も、こんな余裕なんかは全然無かったなぁ。学校や塾で忙しいのは今とあまり変わらないけど。精々、電車の窓から見える桜ぐらいを眺める程度だったしなぁ…」

かつて見慣れていた日常の様子が目に浮かんで来る。電車に揺られて流れてゆく外の景色。ビルが立ち並ぶ都会の景色や込み入った住宅地、橋桁を通過して見下ろす川原の眺め…。

「…主上、台輔がこちらへ参られます。お目を覚まされますよう」
いつの間にか寝入っていたらしく使令に声を掛けられ目が覚めた。瞬きしながら翠の目を擦っていると、王気を辿ってきた景麒が相変わらずの仏頂面でこちらの方に向かって来る。
「主上、いつまでも執務室にお見えにならないので官が困っています。勝手な行動は慎…」
非難の口調で景麒が咎めようとするのを、陽子は極上の笑顔を見せて苦情の矛先を制した。
「すまない。だが、おかげで良い案を思いついたぞ。すぐ戻るからお前も一緒に来てくれ」

陽子は執務室に戻ると、浩瀚と桓堆、そして遠甫を呼んでくれるよう下官に言いつけた。
消息不明を心配していた祥瓊に謝りながら、なるべく大きい紙を何枚か用意してもらう。
全員が揃うと陽子は大きい書卓の上に紙を広げて、筆で問題の河川の地図を書き始めた。
「問題になっている河川だが、堤防をいくら高くしても水の勢いは防げない。だから逆に川幅を広げて事前に溢れても被害の出ない閑地を作った上で堤防を築けば良いのでは?」

目から鱗が出そうな陽子の奇抜な発想に、周囲の誰もが驚いた。堤は高くするのが常識で、田畑ならばともかく、河川を広げようなどと夢にも思いよらなかったからだ。唖然とする面子を見やり、陽子は更に筆で紙の上に何本もの線と絵図をすらすらと書き足していく。
勢いあまって書き付ける墨の量が足りなくなり、祥瓊が横の小卓で必死になって墨を刷る。






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(05.04.05) 十二国桜祭り参加作品 Written by しましま様


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