しかしこの話はここでは終わらない。
ここは、玄営宮。
延王、延麒の住まう場所。
こちらの桜は、少しばかり北にあるためか、慶国よりは咲き始めが遅い。まだ、寒桜もつぼみのままだ。
「おい、馬鹿。」
「莫迦じゃねえ。六太と呼べ。」
「莫迦とはいっておらん、馬鹿といっているだろう?」
「うるせぇ。ごちゃごちゃ、わけのわかんねぇことをほざくんじゃねぇや。何の用だ、このとうへんぼく。」
「『主上』に対する口の利き方は、何百年経っても覚えられんようだな。」
「用があるなら、早く言え。今日は白沢に茶に呼ばれているんだ。お前といるよりもよっぽど、延のためになると思うぞ。」
延麒の機嫌が悪いのは、茶菓子を食い損ねるかもしれないと言う心配ゆえか。
口端をわずかに上げ笑い顔を作ったのは、延王尚隆、500年を超える大国の王だ。
「その意見には私も賛成だが、壁落人から文が来ている。」
「え?本当か、俺に。」
うなずくと、尚隆は六太に文を渡した。
私信の様をした普通の文ではある。
しかし、壁落人が時々慶国から助言などを求められるのを知っている尚隆は、何かあったらついででよいから知らせてほしい旨を、壁に伝えてあった。
今回も文の内容はそういったことの一つらしい。
六太は、文を読み終えると、尚隆に向かって口を開いた。
「おい、尚隆はソメイヨシノって言う名前の桜を知っているか?」
「桜?桜は桜でよいではないか。」
「はいはい、お前に聞いた俺が馬鹿だった。」
「ほれ、自分でも自分のことを馬鹿だといっているだろう?」
「関係ねぇだろ!」
「いや、冗談だ。ソメイヨシノは知らないが、蓬莱の桜ではないのか?吉野という地名は蓬莱には多い地名だぞ。」
「そのとおりだ。なんでも陽子がこの桜のことを偉く気に入っているらしいんだが、種のできない桜なんで、里木に願ってもならないんだとさ。」
「おまえが行って、一本抜いてくるか。」
「今、そう思ったんだよ。しかしなぁ・・おれもどの桜がソメイヨシノかなんて知らねえからな。行くにしても、調べてから行かねえとさ。」
「ほほう・・。」
「なんだよ、尚隆。妙な目で見るなよ。」
「いや、陽子の半分でも良い。六太殿が、俺にも気を使ってくださると、大変うれしいのだが・・・・」
尚隆はくくくと笑っていた。
「いつだって気遣ってるじゃねえか。陽子にやきもちなんか焼くなよな。」
「はっはっは、陽子は桜が好きなのか。雁国の桜が咲きそろったら、花見に呼んでやるか。」
「来ねえだろうな、まだ慶国は忙しそうだぜ。」
「そうだな。まあ、だめでもともと。呼んでやるさ。」
「ああ、それはいいとおもう。陽子は花が好きだからな。ひょっとして、俺たちが呼べば来てくれっかもしんねえし。じゃ、俺、白沢のところへ行ってくるわ」
「おう、よろしく言っとけ。」
「わかった。」
後ろ手を組んでいた腕を解き、気さくに手を上げ、延麒は部屋を出て行った。
「桜か・・。」
尚隆はひとりつぶやく。
「壁にもどうにもならんということは、六太を行かせてもうまくいくかどうかはわからんな。これは一つ、挨拶を兼ねて鸞を送るか。」
下官を呼び、梧桐宮から一羽の鳥を連れてこさせると、尚隆はその鳥、鸞に向かって銀の粒を与えた。
「驍宗殿、久しいな・・・・」
尚隆は、まだ寒空の雲海を眺めながら、鸞に向かって話を続けていった。
白沢と茶飲み話をしている中で、延麒も泰麒のことを思い出していた。
「あいつと一緒に行けばわかるかもしれないな。文を送ってみるか。もっともあっちは慶よりも忙しいから、驍宗が離さないだろうな・・。」
しかし、ぐずぐずしていると蓬莱でも桜の季節は終わってしまうだろう。
延麒は2〜3日悩んだ末、延王には断らずに、戴国まで自分で飛んでいってしまった。
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