似た者主従に苦労している雁の官僚には半ば同情しつつも、協力への謝意を陽子は述べた。
後日、援助の契約等を交わす為に技師団一行らと共に御璽を携えて慶に来訪した楊朱衡に首根っこを掴まれ延主従は渋々玄英宮に連行されていく。雁への浩瀚流の御礼という訳だ。
久々の大規模な工事と斬新な企画に雁国の技師達は張り切っているようだ。盛んに官との意見を活発に交換し合いながら着々と実行に移していく。十年後に完成した堤防とダムは見事な出来栄えで洪水の被害も皆無となり、国中が恩恵に与って民は口々に王に感謝した。
程なくして民はまた驚く事になる。陽子の発案で堤に植樹した桜の美しさに感動したのだ。
自然に民人自らが挿し木や接木をして次々に桜を堤に植え始め、いつしか国中が桜の木で埋め尽くされるようになっていく。慶国の誇る美しい桜並木はこうして出来たのであった。
「…今年も綺麗に咲いたな。本当に良い眺めだ」
春の宵、陽子は使令に跨り空からの眺めを満喫した。下には耕作地を網目の如く張り廻る用水路に沿って桜並木が続いている。一際大きい堤防の水上には花見を楽しむ船が何艘も浮かび賑わいを見せていた。雁国の提案で湿地改良の為に植えた柳の緑も桜花の美しさを見事に引き立てている。秋に視察した峡谷は桜より楓が土地に合ったらしくダム湖の翠と紅葉が鮮やかな彩りを見せ、こちらも年々と評判が高くなり物見遊山の人出が増えている。
こうして桜を眺めていると時の流れの不思議を感じる。最初は単純に懐かしい故郷の眺めを再現してみたかっただけだが、国中が桜で埋まるとは陽子自身も思ってもみなかった。
用水路や運河に散った花弁が水面を桜色に染め上げる様子を見て陽子はふと、思いついた。
「あぁ、良い国とはこんな風に作っていくものなのかも知れない…」
この素晴らしい景色は自分だけでなく民と一緒に作った景色。年月を経て咲く桜のようなこの国の行く末が、とてつもなく愛おしくて自然と陽子の口に懐かしい歌が浮かんでいた。
春のうららの隅田川 のぼりくだりの船人が
櫂のしづくも花と散る 眺めを何にたとふべき
見ずやあけぼの露浴びて われにもの言ふ桜木を
見ずや夕ぐれ手をのべて われさしまねく青柳を
錦おりなす長堤に 暮るればのぼるおぼろ月
げに一刻も千金の ながめを何にたとふべき
終
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初めまして しましま と申します。
十二国桜祭り、大変に盛り上がっていますね。
素晴らしい珠玉の作品の数々、眼福に存じます。
豪華な執筆陣様達の作品と花見酒に酔ったのか
ついつい調子に乗って駄文を書いてしまったので
どうか末席の、更に隅っこで構わないので拙文を
置かせていただきたくこの度、投稿いたしました。
この作品は文末に掲載している「花」の歌詞から
思いついたものです。歌詞が三番まであるとは
全然知らなかったものですから、読んだら一気に
イメージ(妄想)が膨らんで書き上げた物です。
ちなみに文頭の歌詞は「さくら」の元にもなった
日本古謡からの引用です。朱旌の歌っぽいかな、と。
桜花を通じて国造りを進める陽子を感じてもらえたら
作者として嬉しく思います。ありがとうございました。
※著作権問題を考慮しまして念のため以下に追記。
「花」武島羽衣作詞・滝廉太郎作曲
「さくら」日本古謡(*)
*縷紅による追記:「さくら」の歌詞にはいくつかの種類があり、この詞は作者不詳で昭和16年に出版された歌集(文部省唱歌)が初出との説もあるようです。